B型人間の海外歩き:中国編 ブログ HOME Amazon Yahoo! JAPAN Google 1991/8/9
広州→西安(列車移動中)
8/8の夕方、広州で列車に乗った私は、8/10までの2泊3日の列車の旅となりました。
私が乗った硬臥(こうが:2等寝台)は3段ベットになっていて、それが向き合って空間を形成していて、6人がひとつのコンパートメントをシェアするという形になっていました。私は一番上の段だったのですが、日中は皆一番下の段に降りて談笑したりしていました。
陳さんは当時21歳で、私よりひとつ年上でしたが、私のことを見て「自分より年上だと思った」といっていました。 一泊した翌朝、私がちょっと鼻声だったらしく、風邪薬を分けてくれました。また、中国では物を買うときは周りを見てお金を取られないように注意しなさいと、何度もいってくれました。
蔡さん 「年はいくつだね?」 B型人間Y 「20歳です。」 蔡さん 「20歳?若いな。仲間はいないのか?」 B型人間Y 「ええ、ひとりで来ました」 蔡さん 「ひとりでか?それはすごい。その若さでひとりで中国に来るなんて、たいしたものだ。」
陳さんと蔡さんが同じコンパートメントで、なおかつ英語が話せたので助かりました。私の英語なんて相当怪しいものですが、大学で第二外国語として取っていた中国語はほとんど用をなさないものでしたから・・・。
中国の人はですね、実によくお茶を飲むんですよ。まあ、本家はもともとあちらなんでしょうけど。 ひとつのコンパートメントにはポットが2つあって、お湯は自由に使っていいんですね。中国人の乗客はみな自分のお茶っ葉とカップを持ってきていて、カップに茶葉を入れてお湯を注いでふたをし、ちょっと待ってから飲むんですね。急須は使わないのです。飲まないときはふたをしておきます。そうすれば冷めにくいし、ゴミも入らないというわけです。
私もマイカップを日本から持っていこうと思ってたんですけど、中国に売っていると聞いたので持っていかなかったら結局買いそびれちゃったんですよ。お茶を飲みたいようなそぶりをしていたら、同じコンパートメントのおじさんが缶ジュースの上の部分をナイフで切ってカップにしてくれました。そんな交流も大変うれしく思い出されます・・・。 それから、いろんな人が「コレ食えコレ食え」って、どんどん食べ物を差し出してくれるんですね。そのなかでも驚いたのが、「ひまわりのタネ」です。あれは、実を割ると中身を食べられるんですね。食べ方は、ひまわりのタネをひとつ口に入れて殻をわり、殻を「プッ」と吹きだすのです。でも、あれ以来食べていないですね・・・。
この列車に乗ってから、何度か駅弁を買って食べたんですけどね、食べ終わった弁当箱を捨てようと思ったら、ゴミ箱がないんですよ。あれあれ?ゴミはどこに捨てるんだというそぶりをしていたら、蔡さんが窓の外を指差すんですね。外に投げろというんです。まあ、中国は広大で、人の住んでいない土地もかなりあって、仕方ないのかなとも思いましたけど、やっぱり先進国の常識からすると「こりゃいかんな」という気持ちにさせられましたね。
列車に乗ってしばらくすると、日本人が乗っていることを嗅ぎつけた人たちが押しかけてきました。そして、何事か私にいうのですね。中国語でまくし立てるの私がわからないでいると、蔡さんが英語に訳していってくれました。
蔡さん 「日本人は昔、中国に戦争を仕掛けたがお前はどう思うか、と訊いている」
これには参りました。 大勢の中国人に囲まれ、私が何と答えるか、みな固唾をのんで見ています。 はて、ここはどう答えるべきか。細かいことははっきりいってよくわからないし、ここで「そんなことは知らん」と強がっても所詮多勢に無勢。そこで、当時習っていた中国語のなかでもかろうじて覚えていた単語を口にしてみました。それは、
「対不起」
という言葉です。するとですね、
周りの人たち 「(手を振りながら)いや、別にお前がやったわけじゃないからいいのだ」 「気にしないでくれ、お前を責めているわけではないのだ」
というような感じで、なんとかその場を切り抜けることができました・・・。
ある駅で、冒頭の女性の陳さんと一緒にお金を出して、「鳥の丸焼き」を買ったんですよ。さすが中国、文字通りの鳥の丸焼きでした。 その鳥を、私にナイフでさばけというのですね。そんなこと初めてで気持ち悪かったんですけど、やってみたんです。それで、陳さんが「頭を取ってくれ」というので、頭は捨てるのかと思い、ナイフで頭を切って窓の外に放り投げたんです。すると、
「オー!!」
と、残念そうに笑うではありませんか(??)。どうやら、頭を食べるつもりだったらしいのですね。 鳥をさばいてからも、もも肉や胴体、手羽などの部分は食べないで、首や手足なんかばっかり食べるんですね。私にちゃんとした部分をくれるつもりだったのか、そういうところがうまいから食べていたのか、今となっては知る由もありませんが、中国の人は女でもたくましいな、と感じました。 その後も、腹はすかないかと訊いてくれるので「少し」と答えると、インスタントラーメンをくれました。「アナタはすいてないの」と訊き返すと、「(にやっと笑い)少し!」といったので、大笑いしました。
陳さんといろいろ話しているうちに、陳さんに西安の街を案内してもらうことになってしまいましたv(^^)v。 広州でお世話になった蘇さんに続き、なんとラッキーなことか。ひとりで来たのに次々と親切にしてくれる人が現れるのが不思議というよりほかなかったのですが、本当に助かりました。
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